
公開日:2025年10月22日
チャネルサウンディングとは?
最新のBluetooth測距技術を解説
Bluetooth Low Energy(Bluetooth LE)の新技術であるチャネルサウンディングは、受信信号強度 (RSSI : Received Signal Strength Indicator)による距離測定手法をはるかに上回る高精度な距離測定を可能にする点で、大きな関心を集めています。従来は難しかった1メートル以下の高精度な距離測定から、広範囲での測距までを実現できるようになると期待されています。
本記事では、チャネルサウンディングの基本原理から、屋内・屋外での測距のポイント、さらには今後期待されるユースケースまでを包括的に解説します。
チャネルサウンディングの基本原理
チャネルサウンディングでは、周波数チャネルごとに伝搬特性をサウンディング(測定)し、デバイス間の距離を正確に測定する技術が用いられます。
この技術は、Bluetooth 6.0規格で新たに導入された高精度測定プロセスの一部であり、従来のRSSIだけに頼らない多角的な情報を取得できる点で注目を集めています。具体的には、2.4GHz帯に割り当てられた複数のチャネルで順次測定し、信号が伝搬する際の時間情報や位相情報によって高い精度で距離を計算する仕組みです。これにより、正確な距離が算出できるようになります。単一のアンテナでも距離の測定は行えますが、複数のアンテナを使ったり、さらに障害物や壁などによるマルチパスの影響を解析して補正するアルゴリズムを組み合わせたりすることでより正確に距離を測定できるようになります。
チャネルサウンディングの基本
チャネルサウンディングでは、位相ベース測距(PBR: Phase-Based Ranging)と往復時間(RTT: Round-Trip Time)という2つの主要な手法を組み合わせて距離を測定します。チャネルサウンディングは、イニシエータ(Initiator)とリフレクタ(Reflector)という2つのデバイス間で、特定の無線信号をやり取りすることで機能します。イニシエータは、距離を測定する側のデバイス、リフレクタは、イニシエータからの信号に応答する側のデバイスです。これらのデバイスは、Bluetoothの2.4GHz帯域内の複数の周波数チャネル(最大72チャネル)を使い、信号の送受信を繰り返します
位相ベース測距(PBR)による測定手法
位相ベース測距(PBR)は、送信信号と受信信号の位相差を利用して距離を算出する手法です。
1. 信号の送信: イニシエータは、特定の周波数で無変調の信号(トーン)を送信します。
2. 位相の測定と応答: リフレクタは、この信号を受信し、その位相を測定します。その後、リフレクタも同様に無変調のトーンをイニシエータに返信します。
3. 位相差の計算: イニシエータは、送信した信号とリフレクタから返ってきた信号の位相を比較し、その差を計算します。
4. 周波数の変更と繰り返し: このプロセスを複数の異なる周波数で繰り返します。複数の周波数における位相差をプロットすることで、「位相差 vs 周波数」の曲線が得られます。
5. 距離の算出: 信号の位相差は、伝搬距離と周波数の関数であるという原理に基づき、この曲線から、2つのデバイス間の距離を高精度に算出します。
PBRでは、反射波などの影響があるマルチパス環境での測定精度向上のため、IFFT(Inverse Fast Fourier Transform: 逆高速フーリエ変換)を使用することもできます。周波数ごとの位相差データは、周波数領域におけるチャネルの応答(振幅と位相の両方を含む)を表しています。このデータにIFFTを適用すると、周波数成分の組み合わせから、時間的な信号の波形を復元でき、チャネルを通過した信号が、時間軸上でどのように変化したかを示す「チャネルのインパルス応答」が生成されます。IFFTによって得られるインパルス応答は、直接波や反射波がそれぞれの到達時間にピークとして現れます。インパルス応答のピークのうち、最も早く現れるものが直接波に対応します。これは、最も短い経路でイニシエータからリフレクタに到達した信号です。この直接波のピークが現れた時間こそが、信号の伝搬時間となります。この伝搬時間に電波の速度を掛けることで、2つのデバイス間の正確な距離を算出できます。
往復時間(RTT)による測定手法
往復時間(RTT)は、イニシエータから送信されたパケットがリフレクタに到達し、イニシエータが応答パケットを受信するまでの時間を計測することで距離を測定する方法です。
1. 同期パケットの交換: イニシエータとリフレクタは、CS_SYNCと呼ばれる特定の同期パケットを交換します。
2. 往復時間の測定: イニシエータは、パケットを送信してからリフレクタからの応答パケットを受信するまでの時間を測定します。これを「往復時間」と呼びます。
3. 距離の算出: 測定した往復時間から、リフレクタでの処理時間(ターンアラウンドタイム)を差し引くことで、信号が片道で移動した時間(Time of Flight: ToF)を計算します。このToFに電波の速度を掛けることで、距離を算出します。
RTTは、時間ベースの測定であるため、信号の操作が難しく、中間者攻撃やリレーアタック(中継器による攻撃)のリスクを低減することができます。
- 加賀FEIでは、チャネルサウンディング機能が利用できる、Bluetooth 6規格のBluetooth SIG認証に対応した無線モジュールも提供しています。
- 各モジュールの仕様詳細は、当社Webサイトにてご覧いただけます。
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屋内・屋外における距離測定
実環境における測距には、電波の伝搬特性や干渉要因が影響を及ぼします。屋内と屋外では環境が異なるため、電波伝搬の仕方が異なります。チャネルサウンディングを活用した測距では、こうした違いを理解して測定戦略を最適化することが、高い精度を得るためには不可欠です。
屋「内」環境での測距時のポイント
屋内では、パーティションやスチール家具、床、天井、さらには人体など、さまざまな物体に電波が反射し、イニシエータとリフレクタの間を複数の経路で到達します。これにより、複数の到達時間、複数の位相情報が混ざって受信されることになります。
IFFTを利用してインパルス応答を解析することで、直接波と反射波を分離し、最も早く到達する直接波の到達時間を特定します。これにより、反射波の影響を排除して、正確な距離を算出できます。しかし、非常に複雑なマルチパス環境では、直接波の信号が弱く、反射波に埋もれてしまい、正確なピーク検出が難しくなる場合があります。

屋「外」環境での測距時のポイント
屋外では一般的に障害物が少なく、見通しがよいため、信号が長距離にわたって伝搬しますが、あまりに距離が離れすぎると信号強度が弱まり、正確な測距ができなくなります。また、屋内のような壁はないものの、建物、樹木、丘、さらには車両など、大きな障害物が存在する可能性があり、また、地面や水面からの反射波(マルチパス)が発生するため、これらの影響を考慮する必要があります。屋内と同様に、IFFTなどの信号処理技術を用いて直接波と反射波を分離することが重要です。
チャネルサウンディングによって実現できるユースケース
高精度な距離情報を活用することで、さまざまなアプリケーションへの応用が期待されます。Bluetooth 機器間の距離を正確に把握できるため、セキュリティや利便性を高める新たなサービスやシステム構築が可能になります。
デジタルキーと入退室管理の強化
従来のキーレスエントリーシステムは、距離情報の誤差が比較的大きく、ドア付近での誤作動やリレーアタックに弱い側面がありました。チャネルサウンディングによる高精度測距を導入することで、正確な距離判定が可能となり、ユーザーが実際にドアの目の前にいるかを正しく認識できます。これにより、不正なアクセスを大幅に低減し、安全かつ円滑な入退室管理を実現します。
紛失防止タグ・資産追跡ソリューション
屋内外を問わず、人やモノを正確にトラッキングできることは在庫管理や紛失防止の観点で大きな利点があります。チャネルサウンディングを活用すれば、棚の隙間や壁の裏側など多重経路が発生しやすい環境でも、複数チャネルから得られる情報を総合し、より正確な距離測定が可能です。これにより、大規模施設や工場内での資産管理効率が向上し、経費削減や作業時間の短縮にもつながります。
屋内測位・IoTセンサーへの応用
スマートホームや工場の自動化においては、モノの位置情報をリアルタイムで把握することが欠かせません。チャネルサウンディングは、人やモノとの距離を1メートル以下の精度で提供できるため、センサー情報と組み合わせて高度な制御や自動化を実現できます。さらに、低消費電力のBluetoothデバイスとも組み合わせやすいことから、多数のセンサーを配置する大規模なIoT環境の構築にも適しています。

まとめ・総括
屋内外を問わず、従来のRSSIによる距離測定と比較して高精度な距離測定を行えるため、セキュリティ分野からスマートホームまで、幅広い応用が期待されます。今後は関連するデバイスや評価キットの供給も増え、さらに高精度な測距ソリューションが普及していくことで、多くの産業や生活者にとって大きな恩恵がもたらされるでしょう。
Bluetoothについてのお困りごと、気になる点などございましたら、お気軽にご相談ください。